�ｹ禹列伝

�ｹ禹、字は仲華、南陽新野の人である。
十三歳にして詩を誦んじ、学問を長安で受けた。
そのとき光武帝もまた京師に遊学していた。
�ｹ禹は若いといえども、光武帝を見て只者ではないと感じ、互いに親しい仲となった。
数年して帰郷した。

漢の兵が興り、更始帝が立つと、豪族の多くは�ｹ禹を立てようとするも、�ｹ禹は承知しなかった。
光武帝が河北を平定したと聞き、すぐに杖をついて北へ渡り、追いかけて鄴にて邂逅を果たした。
光武帝は�ｹ禹を見て大いに喜び言った。
「私は官職を自由に与えることが出来る。君が遠方より来られたのは、官職に就きたいからか？」
「そんなことは願ってません」
「ではいったい何を望んでいるのか？」
「ただ願わくば、あなたの徳が天下を覆い、私は僅かな手柄を立て功名を後世に残そうと願うのみです」
光武帝は笑い、宿に留めて二人で語り合った。
�ｹ禹は次のように進言した。
「更始帝は関西（長安）に都を置いていますが、今、山東はまだ安定せず、赤眉、青犢のたぐいは、万を超えるほどもおり、三輔で自立し名号を仮称しているものが無数におります。更始帝は未だにそれらを鎮圧することも出来ず、自ら意見を聞いて決断することもせず、諸将は皆、平凡で、本心は財産を為すことに争って力を用い、その日を己の思うままに過ごせることに満足しているだけです。忠に熱く智に明るく、深い考えがって遠くを見通し主を尊び民を安んじようとする者ではありません。四方が分裂崩壊している現在、形勢を良く見るべきです。あなたは更始帝を援け功績をたてましたが、自ら拠点としてよるべき地を持たないことを恐れています。今、為すべきことは、英雄を招き集め、民を心をとり、高祖の業をたてて、万民の命を救うことです。あなたが思慮をめぐらせるならば天下は簡単に治まるでしょう」
光武帝は大いに喜び、左右のものに�ｹ禹を�ｹ将軍と呼ばせた。
常に軍営の中に置き、一緒に計画を練った。

王朗が挙兵すると、光武帝は薊を経て信都へ進み、�ｹ禹に募兵を命じ数千の兵を集めさせ、それを自ら率い別働部隊として樂陽を攻め落とした。
光武帝に従って廣阿に着くと、光武帝は城楼の上で休み、地図を披いて�ｹ禹に言った。
「天下の郡国はこの通りだ。今はじめてそのうちの一つを得ることができた。君は以前私が天下のことに思慮をめぐらせれば天下は簡単に治まる言ったが、どうかな」
�ｹ禹は答えた。
「今、天下は乱れに乱れ人々が名君を慕うことは、赤子が慈母を慕うのと同じです。古代から成功してきた者も、徳の厚さであり、勢力の大きさではありません」
光武帝は悦んだ。
諸将を用いる際は、�ｹ禹によく意見をたずね、�ｹ禹が推薦した者は、いつも皆その才能と合致していた。
光武帝は�ｹ禹は人見抜く達人だと思った。
�ｹ禹に別に騎馬隊を率いさせて、蓋延等と清陽の銅馬を討たせた。
蓋延等は先に到着したが、戦況は不利なので、引き返して城に籠もったが、賊に包囲された。
�ｹ禹は進軍し蓋延等と協力して戦い、これを破り、大将を生け捕りにした。
光武帝に従って賊を追い蒲陽にいたると、続けざまに大勝し、幽・冀・并などの北方の諸州を平定した。

赤眉が西の關に侵入すると、更始帝は定國上公・王匡、襄邑王・成丹、抗威将軍・劉均と諸将を分けて、河東、弘農を拠点に赤眉を防がせた。
赤眉の兵は多数集り、王匡等は太刀打ちできなかった。
光武帝は赤眉が必ず長安を破り、すきに乗じて關中に併合しようとするだろうが、自分は山東の攻略に腐心しているので、手の施しようがない。
�ｹ禹が思慮深く度量も大きいことから、西方を征討する任を授けた。
そこで�ｹ禹を前将軍に任じ節を与え、麾下の精兵二万を分与し、西の關へ入らせ、副将以下の随行者を�ｹ禹自身に選ばせた。
�ｹ禹は韓歆を軍師に、李文・李春・程慮を祭酒に、馮愔を積弩将軍に、樊崇を驍騎将軍に、宗歆を車騎将軍に、�ｹ尋を建威将軍に、耿訢を赤眉将軍に、左于を軍師将軍に任じ、これ等を率いて西へ向かった。

建武元年正月、�ｹ禹は箕関から河東に入ろうとしたが、河東の都尉は關を守って開かなかった。
�ｹ禹は十日でこれを破り輜重千余乗を獲得した。
進軍して安邑を包囲したが数ヶ月たっても落とすことが出来なかった。
更始帝の大将軍・樊参が数万人を率い大陽を渡り、�ｹ禹を攻めようとした。
�ｹ禹は諸将を遣わして解の南でむかい撃たせ、これを大破し樊参の首を斬った。
ここにいたって王匡、成丹、劉均等は、軍勢十余万を合流させ、協力して�ｹ禹を攻撃した。
�ｹ禹に利はなく、樊崇は戦死した。
日が暮れ戦が止むと、軍師の韓歆と諸将は、兵の勢いがくだけているので、夜のうちに撤退を進言したが�ｹ禹は聴かなかった。
明日は癸亥、王匡等は六甲の窮日（厄日）なので出なかった。
なので�ｹ禹は兵を落ち着かせ整えることが出来た。
翌早朝、王匡は全軍を繰り出し�ｹ禹を攻撃した。
�ｹ禹は軍中に妄りに動くことないよう命令を発した。
敵が陣営に迫ると、次々に命令を伝え諸将を出撃させ、戦鼓を打ち鳴らし、大いにこれを打ち破った。
王匡等は皆軍を棄てて逃げ去った。
�ｹ禹は軽騎を率いて急追し、劉均及び河東太守・楊宝、持節中郎将・弭彊を捕らえ、全員を斬った。
節を六つ、印綬五百を収得し、兵器においては数え切れないほどであった。
遂に河東を平定した。
天子の意旨を受けているという名義で李文を河東太守とし、新たに属県の令長を置いて鎮撫した。
この月、光武帝は鄗で即位し、使者に節を持たせて発し�ｹ禹は大司徒を拝命した。
策勲して言う。
「前将軍�ｹ禹に制詔す。深く忠孝を執り、朕とともに帷幄で謀議を凝らし勝利を千里の外に決する。孔子曰く、吾に回有りて自り、門人日ごとに親しめりと。将を斬り軍を破り、山西を平定し、功績ははなはだ顕かである。民衆は親しまず五品にならわないのであれば、そなたは司徒としてつつしんで五経の教えをひろめよ。五経は寛にある。今、奉車都尉を遣わして印綬を授け、報じて酇侯とし、食邑は万戸である。つつしんで受けるように」
�ｹ禹はこの時二十四歳であった。

遂に汾陰河を渡って夏陽に入った。
更始帝の中郎将である左輔都尉の公乗歙は、配下の兵十万を率い左馮翊の兵と共に�ｹ禹を衙で防ごうとした。
�ｹ禹はまたこれを撃破して敗走させた。
しかして赤眉は遂に長安に入った。
この時、三輔は何度も覆り敗れ、赤眉の通った後は見るも無残に破壊され、民衆は帰る所が無かった。
�ｹ禹が勝利に次ぐ勝利を得、しかも軍規は粛正であると聞いて、皆、風評を慕い手を引き荷を背負って�ｹ禹軍を向かえ、降服するものは毎日千を数え、数は百万であると号した。
�ｹ禹は止まる所ごとに車を停めて節をついてこれを労いなつかせ、父老と子供は、髪を垂らし白髪を戴き、その車の下に満ちて感激し悦ばないものはいなかった。
ここにおいてその名は関西に震った。
帝はこれをよろこび数々の書を下賜して褒賞した。

諸将、豪傑は皆、�ｹ禹にただちに長安を攻めるように勧めた。
�ｹ禹は言った。
「それはいけない。今、我等の兵力が多いといえども、よく戦う者は少なく、前線には頼むべき備蓄は無く、後方から補給されてくる兵糧もない。赤眉は新たに長安を抜き財富は充実し、その鋭鋒に今あたってはいけない。そもそも盗賊が群居しても長久の計は無く、財と食料が多いといえども、変事が百出するだろうから、どうして堅守することができるだろうか。上郡、北地、安定の三郡は土地は広いが人はすくなく、穀物はゆたかで、家畜も多い。私はしばらく兵をその三郡で休ませ、食料で士を養い、赤眉が疲弊するのをうかがう。そのうえで長安攻略を図るべきだろう」
ここにおいて北方の栒邑に進軍した。
�ｹ禹が進軍した所で赤眉の別将達のとりでを撃破し、郡邑は皆、門を開いて帰順した。
西河太守の宗育は子を遣わして檄を奉じて降服した。
�ｹ禹はその子を京師へむかわせた。

帝は關中が未だ平定されてないのに、�ｹ禹が久しく進軍しないので勅を下した。
「司徒（�ｹ禹）は堯のようである。亡賊は桀のようだ。長安の吏人は落ち着かずに身を寄せる場所がない。良い時を見計らって進軍し、西京（長安）を鎮撫し、百姓の心を繫ぐように」
�ｹ禹はなお、前の考えを執って、すなわち将軍を分遣して別に上郡の諸県を攻めさせ、あらためて徴兵して兵糧を集め、大要に帰還した。
馮愔と宗歆を遣わして栒邑を守らせると、二人は権力を争って攻め合い、馮愔は遂に宗歆を殺し、このことに乗じて反乱して�ｹ禹を攻撃した。
�ｹ禹は使者を遣わしてこのことを報告した。
帝は使者に聞いた。
「馮愔は親愛しているのは誰か」
「護軍の黄防です」
帝は馮愔と黄防は長い事親しくすることは出来ない、流れから必ず互いに争うだろうと判断し、�ｹ禹に報せた。
「馮愔を捕縛するのは必ず黄防である」と。
すなわち、尚書の宗廣を遣わして節を持たせて降服を促させた。
その後ひと月あまりして、果たして黄防は馮愔を捕らえ、その手勢を率いて帰順し罪をわびた。
更始帝の諸将である王匡、胡殷、成丹等は皆宗廣のもとにやってきて降伏し、共に東へ帰った。
途中、安邑までやってくると、彼等は逃亡をはかったが、宗廣は悉くこれを斬った。
馮愔は洛陽まで護送され、赦され、誅殺されなかった。

二年春、帝は使者を遣わしてあらためて�ｹ禹を封じて梁侯として、四県を食邑として授けた。
時に赤眉は西方の扶風に逃れた。
�ｹ禹は南方の長安に進軍し昆明池に陣を置き、大いに士卒を饗した。
諸将を率いて斎戒し、吉日を択んで礼を修めて高廟（高祖劉邦の廟）に謁祠し、十一帝（高祖〜平帝）の神主（位牌）を収め、使者を遣わして奉じて洛陽へいたらせた。
そして園陵を循行し、吏士を置いて陵墓を守備させた。

�ｹ禹は兵を率いて延岑と藍田で戦ったが克てなかったので、また雲陽で穀物を集めた。
漢中王の劉嘉は�ｹ禹のところへやってきて降服した。
劉嘉の宰相である李宝は倨慢で無礼であったので、�ｹ禹はこれを斬った。
李宝の弟は李宝の部曲を収めて�ｹ禹を攻撃し、将軍の耿訢を殺した。
馮愔がそむいてから後、�ｹ禹の威は損じ、また食料は乏しく、帰属した者達が離散した。
而して赤眉がまた還ってきて長安に入り、�ｹ禹はこれと戦ったが敗れ、高陵へのがれた。
軍士は飢餓し、皆な棗菜を食べた。
帝は�ｹ禹を徴して帰還させ、勅を下していった。
「赤眉は穀物が無ければ、おのずから東へやってくるだろう。私はこれに笞が折れるほど笞打ってやろう。諸将の憂いとするところではない。また、妄りに兵を進めないように」
�ｹ禹は任を受けたが功を遂げる事が出来なかったのを慙じて、しばしば餓えた兵卒を率いて迎え撃ったが、利が無かった。
三年春、車騎将軍の董弘とともに赤眉を攻撃したが敗北し、兵は死散した。
くわしくは馮異列伝に載せてある。
独り二十四騎とともに宜陽へ帰り、詫びて大司徒と梁侯の印綬を返上した。
詔が下って侯の印綬は�ｹ禹に返還された。
数ヵ月後に右将軍を拝命した。

延岑は東陽で敗れてから、ついに秦豐と合流した。
四年春、また順陽のあたりを寇した。
�ｹ禹を遣わし、復漢将軍の�ｹ曄、輔漢将軍の于匡を統率して攻撃して延岑を�ｹで破り、追撃して武当でまたこれを破った。
延岑は漢中へ奔り、余党は悉く降服した。

十三年、天下は平定され、諸々の功臣は皆な戸邑が加増された。
�ｹ禹を封じて高密侯とし、高密、昌安、夷安、淳于の四県を食邑として定められた。
帝は�ｹ禹の功績が高いので、�ｹ禹の弟の寛を封じて明親侯とした。
その後、左右将軍の官を罷め、特進として朝請を奉じた。
�ｹ禹は教養があって行いは誠実で非のうちどころが無く、母に仕えて至孝であった。
天下が定まると、常に名勢から遠ざかろうとした。
子供は十三人にいて、各々一芸を守らせた。
閨門（家庭）を修め整え、子孫を教育し、これは皆後世の手本とするべきである。
封邑からの収入だけで生計をたて、殖財を行わなかった。
帝はますます�ｹ禹を重んじた。
中元元年、ふたたび司徒の職務を兼ね、東に巡狩して泰山で封禅をおこなうのに従った。

顕宗が即位すると、�ｹ禹は先帝の元勲であるから太傅にし、謁見する際には東を向かせ（臣は北面するのが通常）、甚だ尊寵された。
太傅の職にあること数年後、病に倒れた。
帝はしばしば自ら見舞いにおとずれ、�ｹ禹の息子二人を朗にとりたてた。
永平元年五十七歳で薨じ、元侯と謚された。

帝は�ｹ禹の封邑を三つに分かち、長子の�ｹ震を高密侯とし、�ｹ襲を昌安侯とし、�ｹ珍を夷安侯とした。

�ｹ禹の少子の鴻は籌策を好んだ。
永平年間小侯となった。
帝はこれをまねき入れて共に辺境のことを議し、能力があるとみなされた。
将兵長史を拝命し、五営の士を率いて雁門に駐屯した。
粛宗の時に度遼将軍となった。
永元年間に大将軍の竇憲とともに出撃して匈奴を撃ち、功績があった。
徴されて、車騎将軍をかねた。
塞を出て背いた胡の逢侯を追ったが、軍を留め進軍しなかったとして、獄に下って死んだ。

高密侯の�ｹ震が亡くなり、子の�ｹ乾が後を嗣いだ。
�ｹ乾は顕宗の娘である沁水公主をめとった。
永元十四年、陰皇后の巫蠱が発覚し、�ｹ乾の従兄の奉は后の舅であったので誅殺され、�ｹ乾も連座して国を除かれた。
元興元年、和帝はまた�ｹ乾を本の国に封じ、�ｹ乾は侍中を拝命した。
�ｹ乾が亡くなり、子の�ｹ成が後を嗣いだ。
�ｹ成が亡くなり、子の�ｹ褒が後を嗣いだ。
�ｹ褒は安帝の妹である舞陰公主をめとり、桓帝の時に少府となった。
�ｹ褒が亡くなり、長子の�ｹ某が後を嗣いだ。
少子の�ｹ昌は母の爵を襲いで舞陰侯となり、黄門侍郎を拝命した。

昌安侯である�ｹ襲の嗣子の�ｹ藩もまた顕宗の娘の平皐長公主をめとり、和帝の時に侍中となった。

夷安侯である�ｹ珍の子の�ｹ康は若くして気高い行いがあった。
兄の�ｹ良は封国を襲いだが、後継ぎがいなかったので、永初六年、�ｹ康を紹封して夷安侯とした。
この時、諸々の紹封された者達は皆故国の租税の半ばをもらっていたが、�ｹ康は皇太后の親戚だったので独り三分の二をもらい、侍祠侯の位を以って越騎校尉となった。
�ｹ康は、太后がながいこと朝政に臨み、その宗族が盛満であると、しばしば長樂宮に上書して諫争し、宜しく公室を崇め、自ら私権を削るべきだと。
その言葉は真をついていた。
太后は従わなかった。
�ｹ康は心に畏懼を懐き、永寧元年、遂に病とことわって朝見しなかった。
太后は内侍の者を遣わして�ｹ康をみまわせた。
この時、宮の人は出入りするたびに、多くの人々を褒めたり貶したりしていた。
その中の古参の者は皆中大人と称した。
使わされた者はもともと�ｹ康の家で婢をしていたのだが、彼女もまた中大人と名乗って取り次ぎを請うた。
�ｹ康はこれを聞き、彼女をののしって言った。
「汝は我が家より出たのにもかかわらず、また敢えてそう名乗るのか」
婢は怨み恚り還って次のように報告した。
「�ｹ康は疾と詐って言葉は不遜でございました」
太后は大いに怒り、遂に�ｹ康の官を免じ、国へ帰らせ、皇室名簿から脱落させた。
従兄の�ｹ騭が誅殺されると、安帝は�ｹ康を徴して侍中に任命した。
順帝が即位すると、太僕となり、方正の称（ほまれ）があって朝廷で重きをなした。
病を理由に辞職し、位に特進を加えられた。
陽嘉三年に亡くなり、義侯と謚された。

論にいう。
世の中が変化し新たな局面が現れる時代には、君臣は相い択ぶ関係にある。
これは事をなすにあたり、その始めを謀る機微である。
�ｹ公は糧をになって徒歩で粉乱に触れて光武帝のもとへ赴き、従い会する所を識っていたというべきであろう。
ここにおいて麾下の軍を中分して山西の隙に臨ませ、關河の地をして響動し、懐き赴くことを帰るかのようにさせた。
功を遂げることができなかったといえども道はまたひろい。
その威は栒邑で損なわれ、兵が宜陽で散じるに及んで、龍章（龍模様の礼服）を一朝にしてうばわれ、侯服を就けて生涯を終えた。
栄枯盛衰が交錯したが、�ｹ禹は喜びも怒りもせず、進退において光武帝にも猜う情はなく、君臣の美を後世の者に隙をうかがわせることがないのは、君子にふさわしい在りかたなのではないだろうか。