向敏中(しょうびんちゅう) 
乾祐二年(949)〜元禧四年(1020)
字・常之
謚・文簡
開封の人
太平興国五年の進士
神宗の皇后は孫娘



向敏中が西京(洛陽)にいたころの話。
一人の僧がいて夕暮れに村民の門を叩いて宿を請うた。
家の主人が断ると、僧は門の外の車の中で良いから寝かせてくれと頼んだので、主人は許可した。
その家に夜中、泥棒が入った。
女を連れ着物袋を担いで垣根を越えて逃げていった。
僧はたまたま寝ておらずこれを目撃して思った。
「主人が駄目だといったのに強いて宿を求めた。今主人は女と財を失った。明日、必ず私を捕まえて役所に訴えるだろう」
そこで夜陰に乗じて姿を隠し、知っている道を通らずに野原を走っていった。
すると古井戸に落ちてしまい、中でさっきの女が殺されていた。
翌日、主人が亡くなった財産と女を捜して、井戸の中で発見し僧を捕らえて県の役所に訴えた。
僧はどうせ信じてもらえないからと、自棄になって、
「女を犯し、誘って一緒に逃げたが、捕まることを恐れて女を殺し井戸に投げ込んだが、暗かったので足を滑らせ自分も落ちてしまった。盗んだ物は井戸のそばにあったが、無くなっていた。誰が取ったかは知らない」と嘘の供述をした。
結審して府に送ったが、府でも誰も疑わなかった。
しかし向敏中ひとり、盗んだ者が無いことを怪しく思いこのことを疑った。
僧を連れてきて何回も詰問したが、僧は罪に服し「私は前世でこの人に借りがあったのでしょう。死んでも悔いはございません」と言うだけだった。
それでも向敏中が何度も詰問したため、僧はついに真相を話した。
そこで向敏中は胥吏を使って密かに真犯人を探させた。
胥吏がある村で食事をした。
店の婆さんは彼が府から来たと聞いても吏人であることを知らなかったので彼に聞いた。
「あの僧のなんとかというのはどうなったのかね」
胥吏は「昨日、市場で処刑したよ」と嘘をついた。
すると婆さんは嘆息して言った。
「もし、別に真犯人がいて捕まったらどうなるかね」
「府では間違って結審している。真犯人を捕まえてもお咎めなしだね」
「じゃあ言っても良いね。あの女を殺したのはこの村の少年なにがしだよ」
「その少年はどこにいるんだい」
婆さんはその少年のいる舎を指した。
胥吏はそこへ行って、真犯人を捕縛した。
尋問の結果、罪を認め、盗品も見つかった。
府の人々は皆、神のようだと恐れ入った。