智伯(智罃)、韓、魏の兵を従えて趙を攻め、晋陽を包囲して城に水をそそぎ、晋陽城は三板(約六尺)を残して水没した。
郗疵は智伯に言った。
「韓と魏の君主は必ず裏切ります」
「どうしてわかるのかね」
「人事をもってわかります。現在、韓、魏の兵を従えて趙を攻めております。趙が滅べば、難は韓、魏に及ぶでしょう。趙に勝てばその領地を三等分しようと約束しています。今、城で水没していないのは三板を残しているのみです。臼竃に蛙が生じ、人馬相食む状態で、城が落ちるのは旦夕に迫っています。しかしながら、韓と魏の君主は喜ぶ様子は無く、憂えた表情をしております。これは裏切り以外にありましょうか」
翌日、智伯は韓と魏の君主に言った。
「郗疵が君達が裏切ると言っているんだ」
韓、魏の君主は言った。
「趙に勝てばその領地を三等分するのです。城は今にも陥落しそうです。両家とも愚かではありますが、目の前の美利を棄てて、信盟の約に背いて、危難にして成し難いことをしたりはいたしません。勢いを見ればわかることです。これは郗疵が趙のために計り、貴方に我等を疑わせて、趙への攻撃をおこたらせようとしているのです。今、貴方が讒臣の言葉を聴いて、我等との交誼を離すのは貴方のために残念に思います」
そして言い終わると走って出て行った。
郗疵は智伯に言った。
「貴方はどうして私の言葉を韓、魏の君主に告げたのですか」
「君はどうしてそれを知ったのだ」
「韓、魏の君主は私を険しく見ては走りさる様も速かったからです」
郗疵は自分の進言が入れられないことを知り、齊へ使者として向かいたいと請うた。
智伯は郗疵を使者として派遣した。
果たして韓、魏の君主は寝返った。


智伯は趙、韓、魏を率いて、范氏と中行氏を討伐して滅ぼし、数年休息した後、人をやって韓に土地の割譲を請うた。
韓康子(韓虎)は与えないでおこうとした。
段規は諫めて言った。
「駄目です。そもそも智伯の人となりは利を好んで残忍です。使者を送ってきて土地を要求しました。与えなければ必ず韓に兵を送ってくるでしょう。殿はお与えなさい。彼は狃れて他国に土地を割くよう要求するでしょう。他国が聴かなければ、必ず兵を差し向けるでしょう。ですから韓は患難を免れて、事態の変を待つべきです」
康子は言った。
「そうだな」
そして使者を遣って一万戸の邑を一つ智伯に贈った。
智伯は悦び、又人を遣わして土地を魏に請うた。
魏桓子(魏駒)は与えないでおこうと思った。
そこで趙葭が諫めて言った。
「彼は土地を韓に請い、韓は与えました。土地を魏に請い、魏が与えなければ、これはすなわち内で強がって外で智伯を怒らせることになります。そうなれば智伯の兵を魏が迎えることは必定です。これは与えるしかありません」
桓子は言った。
「その通りにしよう」
そして人を遣って一万戸の邑一つを智伯に贈った。
智伯は悦び、又使者を遣わして趙に藺と皐狼の地を請うた。
趙襄子(趙無恤)は与えなかった。
智伯は密かに韓、魏と結び趙を伐とうとした。
趙襄子は張孟談を召して彼に言った。
「彼の智伯の人となりは表では親しんでいるが、陰では疎んじている。韓、魏には三度使者を遣っておきながら私にはもう音沙汰が無い。私に兵を向けてくることは必定だろう。今私はどこに居るべきなのだろうか」
「かの董安于は簡子(張襄子の父の趙鞅)の有能な臣でした。彼が代々晋陽を治め、尹鐸が続いて治めましたので、その政教はまだ残っております。殿は心を決めて晋陽に籠もってください」
「わかった」
そして延陵君に車騎を率いさせて先行して晋陽に行かせて、趙襄子は遅れて続いた。
城に入ると、城郭をめぐり、府庫を調べ、倉廩を見てから張孟談を召して言った。
「我が城郭は完璧で、府庫は用いるのに十分で、倉廩は満ちている。しかし矢がないのをどうしたら良いだろうか」
「私はこう聞いております。董子(董安于)が晋陽を治めると公宮の垣はすべて荻(おぎ)や蒿(よもぎ)や苦(やがら)や楚(いばら)を廧として、その高さは一丈を越えております。殿はこれを刈り取って用いなされ」
刈り取って試してみると、その堅さは箘簬の勁さを上回っていた。
趙襄子は言った。
「これで矢は足りた。しかし銅が少ないどうしたら良いだろうか」
張孟談は言った。
「私はこう聞いております。董子が晋陽を治めると公宮の室は皆、錬銅の柱としたと。これを取り出して用いましょう。さすれば余分な銅ができるでしょう」
「善し、そうしよう」
号令がすでに定まり、守備はすでに具わった。
三国の兵が晋陽城に攻め込み、戦う事三ヶ月を過ぎても抜く事が出来なかった。
なので攻撃を緩めて城を包囲し、晋水を決壊させて城に注いだ。
晋陽を包囲する事三年、城内では木のうえに居住し、釜を吊り下げて炊飯し、財も食料もつきようとして、士卒は病み倒れた。
趙襄子は張孟談に言った。
「糧食は乏しく財力は尽き、士大夫は病んでいる。私はこれ以上守る事が出来ない。城を差し出し降伏しようと思うがどうだろうか」
「私はこう聞いております。亡びかかっているものを存続させることが出来ず、危うきを安んじることが出来なければ、知士を貴ぶ必要は無いと。殿は以降この計を棄てて二度と言ってはなりません。私が韓、魏の君主にまみえることを願います」
「よろしい」
そこで張孟談は密かに韓、魏の君主にまみえて言った。
「私はこう聞いております。唇滅べば則ち歯寒しと。今、智伯は二国の君主を率いて趙を伐ち、趙は亡ぼうとしております。趙が亡べば次はあなた方の番でございますよ」
「それはわかっている。かの智伯のひととなりは麤中(心中粗暴)で親しみの心が乏しい。自身の謀がならずに知られたら禍が必ずやってくる。どうすれば良いだろうか」
「謀は二君の口から出て私の耳に入っただけです。これ知る者は他におりません」
二君は張孟談と密かに三軍を投じることを約束し期日を決めて言った。
「夜、晋陽に入らせよう」
張孟談は趙襄子に報告した。
趙襄子はこれを再拝した。
張孟談はこの機会に智伯に朝見しようと出て、轅門で智過に出くわした。
智過は入って智伯にまみえて言った。
「二主はまさに変事をなそうとしています」
「どうしてか」
「私は張孟談と轅門の外で出くわしました。その志は矜り、歩き方は意気揚々としておりました」
「それは違うな。私は二主と謹んで約束した。趙を破ってその地を三等分しようとな。私は親しくしている。必ず欺かないだろう。君はこれを捨て置きなさい。また口外しないように」
智過は出て二主を見、入って智伯を説いて言った。
「二主は顔色が変わって変心しております。必ず殿に背くでしょう。殺すにこしたことありません」
「晋陽に進軍して三年になる。すぐにも城を抜いてその利益を受けることが出来る。他心あるわけないではないか。貴方はこれ以上言わないで貰いたい」
「殺さないのであれば親密になさってください」
「親密になるならどうしたら良いか」
「魏駒の謀臣を趙葭といい、韓虎の謀臣を段規といいます。彼等はその主君の計を変えることが出来ます。殿は二君と約束なされませ。趙を破ったら先の二人に各々万戸の県一つに封じると。このようにすれば二主の心を変えることが出来、而して殿の望みもかなうことでしょう」
「趙を破ってその土地を三等分し、さらにその二人に各々万戸の県一つに封じれば私が得るものがほとんど無いではないか。駄目だ」
智過は計が用いられず、進言を聴き入れてもらえないと見て、退出し、姓をかえて輔氏となり、遂に智伯の下を去って二度とまみえなかった。
張孟談はこれを聞いて、入って趙襄子にまみえて言った。
「私は智過と轅門の外で遇いました。私への視線は疑心がみえました。入って智伯にまみえ、出てその姓をかえました。今夕撃たなければ必ず手遅れとなるでしょう」
「わかった」
張孟談を韓、魏の君主にまみえさせ、その日の夜に申し合わせて堤防を守る吏を殺し、堤防を決壊させて智伯の陣に灌いだ。
智伯の軍は水を防ぐために混乱した。
韓と魏はこれを挟撃し、趙襄子の将卒はその正面から攻め、大いに智伯の軍を破り智伯を禽にした。
智伯は死に、その国は亡び、地は分けられて、天下の笑いものとなった。
これは貪欲で厭くことがなかったからである。
また智過の言葉を聴かなかったのも亡びた所以である。
智氏はことごとく滅び、ただ輔氏だけがのこった。