假譎篇


魏武(曹操)が若かった時、好んで袁紹と游侠を気取っていた。
人が新たに結婚するのを觀て、密かに主人の庭へ入り込み、夜になると大声で「泥棒がいるぞ」と叫んだ。
青廬(花嫁を迎える小舎)の中の人皆出てきて様子をうかがった。
その隙に曹操は青廬に入り、刃を抜いて新婦をおどし略奪して、袁紹と逃げたが、道に迷って棘の中に落ち、袁紹は動けなかった。
曹操はまた大声で叫んだ。
「泥棒はここにいるぞ」
袁紹は慌てて自力で抜け出し、二人ともたすかった。


魏武が行軍していたら、汲道(水場に通じる道)を見失い、三軍の兵が皆喉が渇いた。
すると曹操は号令して言った。
「前に大きな梅林があるぞ。実がたくさんなっていて甘酸っぱい。そで喉の渇きを満たせ」
士卒はこれを聞いて皆口の中が唾でいっぱいになった。
このため、水源地へたどり着く事が出来た。


魏武はいつも言っていた。
「人が私に危害を加えようとすると、私は胸騒ぎがする」
そして身近に使えている小者に語って言った。
「お前は刃を抱いて密かに私の近くへ来い。私は胸騒ぎがすると言って、お前を捕らえ処刑させようとする。お前は何も言うな。決して悪いようにはしない。あとで厚く報いてやろう」
とらわれた者はこれを信じて、畏れるそぶりを見せなかった。
しかしそのまま斬られてしまった。
この人は死ぬまで欺かれたことに気がつかなかった。
まわりの人間は真実だったと、叛逆を謀っていた者はやる気を挫かれた。


魏武はいつも言っていた。
「私が寝ているときは妄りに近づいてはならない。近づかれると人を斬ってしまい、自分では無意識である。周りは間違っても近寄らないように」
後に眠ったふりをしていると、寵愛している者が蒲団をかけてくれた。
するとその男を斬り殺した。
これ以後曹操が眠っているところに周りの人間で近づくものはいなかった。


袁紹が年少の時、かつて人を使って魏武に剣を投げつけさせたが、低かったので当たらなかった。
曹操は次は高いだろうと牀(ベッド)の上に臥せていると、はたして次に投げられた剣は高かった。